バーナム博物館

バーナム博物館 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

バーナム博物館 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

ミルハウザー作品で特に好きなものは、1ページに満たない短い章で構成された作品*1です。本書に収録されている作品では、「シンバッド第八の航海」「アリスは、落ちながら」「探偵ゲーム」「バーナム博物館」などが、このスタイルで書かれています。




アリスは、落ちながら


「墜落はこれでおしまい」の「おしまい」のないアリスの話。


ジョン・テニエルの描いた挿絵では、「アリスの落下するシーン」は存在しないそうです。
その存在しない挿し絵をミルハウザーが文章として「描いて」いる章は、背景の食器棚やそこにある品物、白い靴下に描かれた黒っぽい影、落下により持ちあがった髪や膨らんだドレス、物憂げな表情の細部、体の曲がり方、指のかたち、そしてテニエルのサインの形や、挿絵やテキストの位置までもを細かく描写されており、「本当は挿絵が存在していて、それを見ながら書いているのではないか?」と思うほどです。

 さし絵には枠がなく、ページの大半は各行の言葉が絵と並んでその右側を下っていく格好になっているが、いちばん下の六行では絵がなく言葉が全スペースを占めている。
したがってアリスは、彼女の落下を描写するテクストと並んで落ちているわけであり、と同時にテクストによって囲いこまれてもいる。もしこれ以上落ちたら、言葉にぶつかってしまうだろう。落ちるという行為のさなかを描かれながら、アリスは動かないままだ。落下のなかに、永遠にとじ込められている。

「言葉にぶつかってしまう」という表現が印象に残りました。ミルハウザーの想像したアリスの落下を永遠にしているのは、その「言葉」そのものだからです。
 多くの人に読み親しまれた物語の登場人物は、言葉(=テキスト)によって永遠の存在となります。ミルハウザーがアリスを「永遠の落下」に閉じ込めたことの意味を考えるのも面白いと思った。



探偵ゲーム


ボードゲーム「クルー」の説明の章と、ゲームを進める4人の登場人物の心理描写と、彼等によって生命を与えられたゲームの駒たちの繰り広げる殺人事件の交差が印象的な作品です。


登場人物、凶器、場所という限られた材料。プレイするたびに変わるゲームの駒たちの人間関係。犯人、被害者、凶器、犯行動機。
世界中のあらゆる場所で、さまざまな人々が探偵ゲームのボードを前にして、登場人物の名前だけが同じだけの、全く異なったストーリーを生み出していく。
そんなことを連想しました。




バーナム博物館


多くの建築様式を取り入れてしまったために、全体の構造が把握しがたい博物館。
展示物も、どれもが胡散臭いものばかり。人魚、道化師、小人、空飛ぶ絨毯、湖中の都市、だまし絵、ありとあらゆる贋物たち。エアダクトから吹き上げる風で舞い上げられた女性客のスカートすらも展示物になっている。
そんな博物館と、博物館に魅せられた人たち、街の人々の反応で構成された話。


バーナム*2って名前からして、胡散臭さはありますが、幻想と猥雑さが同居した、この博物館にはふさわしい名前だと思います。

*1:評論家の三浦雅士曰く「空想した架空の世界のミニチュアを細やかに描写してカタログ的に提示する構築的な散文詩の作品」なるほど

*2:19世紀頃に活躍した有名なペテン師。サルの上半身と魚の下半身から作られたミイラ(日本製)を「フィジーの人魚」として、見世物にしたなどの逸話のある人物